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2022.06.22

スモモの季節に

奄美の果物は、鮮やかで濃い。

こどもの頃、夏が近づくと、実家の台所には、スモモの大箱が置かれていた。
妹は柔らかく熟れた甘いスモモを、私はまだ硬く酸味のあるものを好んだ。
スモモは嫌いではなかったが、おやつにいくらでも食べていいよと言われると、気持ちは複雑だった。
身近にあるスモモよりも、たまにしか出会えないいちごやメロンのような繊細な味わいを持つ都会の果物にありがたみを感じた。

社会人になり、鹿児島市で働き始めた頃、出張で奄美から出てきた父に連れられて、天文館のスナックに行ったことがある。
大粒の赤いいちごに、とろりとした琥珀色の蜂蜜をかけたものがテーブルの上で輝いていた。
まるで宝石だった。
仄暗くきらびやかな大人の夜の社交場にそのいちごはしっくりきていた。

スモモだったらこうはいかない。
私は皮ごとかぶりつく派だが、そんな食べ方はあの場にはおよそ似つかわしくないし、小さなスモモの皮をナイフでひとつひとつ剥くとなると、会話どころではなくなる。

奄美大島南海日日新聞エッセイ - 魅惑的に輝くいちご|鹿児島 BOOKCLUB

夜の街で、魅惑的に輝くいちごを食べた日から20年が過ぎ、定年退職した父が毎年スモモを送ってくれるようになった。
段ボール箱を開けるとまず、その濃い赤紫が目に飛び込んでくる。
甘く爽やかな香りが心地よく鼻をくすぐる。
一口齧ると、微かに渋みを帯びた甘酸っぱい果汁がほとばしる。
いちごよりずっと力強く、奥深く、心に染み入ってくる。

その小さな箱の中で、たしかに故郷が息づいていた。

今年もスモモの季節がやってくる。
しかし、奄美からの小包はもう届かない。
送り主の父がこの春急逝してしまったのだ。
当たり前だと思っていた日常こそが、何よりも特別だったのだ。
自分でスモモを取り寄せたとして、果たして、去年までのスモモと同じ味がするのだろうか。

夏の初め、ランドセルを放って台所のスモモの箱を覗き込んだ。
その一瞬の風景が、30年以上たった今、胸の奥で鮮やかに蘇る。

奄美大島、南海日日新聞
BOOKCLUB管理人エッセイ
連載 2022-2024

by – 小さなカフェオーナー –

南海日日新聞 連載エッセイ

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